・出版
「クビキリサイクル/西尾維新」が文庫落ちしていた。
それはいい。それより装丁が他の講談社文庫と違っているのが驚きだ。「西尾維新文庫」てなんだ。
講談社は西尾維新よりも新人に力を入れるべきだと思う。まずはメフィスト賞ブログを更新するところから。
・音楽
Syrup16gを聴いている。以前から存在は知っていたが、想像以上に好きな音楽だった。けど、もう解散してるんだよな……。
・ごはん
卵かけご飯にたまごふりかけをかけるという奥義を思いついたけど使う機会はない。
・読書
「桃山ビート・トライブ/天野純希」読了。無為さんに感謝。
題材は音楽。ロックスターを目指すバンドの話。けれど舞台は桃山時代。楽器は三味線、笛、鼓。そして踊り。衣装は傾き者。時代劇なのにカタカナタイトルがばっちし合う、そんな題材。店で表紙見たときは衝撃的だった。
ストーリィ面では特に目新しいことはしていないと思う。基本のストーリィライン。ただ、目についたのがテンポの悪さのようなもの。部分部分で展開が速すぎる印象を受けた。「これはAかもしれない→Aなわけないだろ→Aでした→何ィ!」というのを一ページ程度でやるのは、どうなのだろうと思う。もうちょっとタメてもいいんじゃないかな。
あと、文章。非常に読み易い(アクセス速度が大きい)のは良いのだが、どの場面の文章も同じように軽かった。文章の緩急というのは必要なことなのだという実感がある。速く読ませる部分とじっくり読ませる部分の使い分け。特に、ライヴのシーンはもっとじっくり読ませて欲しかった。音楽とか踊りの表現も、形容詞ばかりでマイナス印象。
全体としては、題材は物凄いが、それを書ききる力量が作者にまだないんじゃないかなぁ、という感想でした。
作者は次に「犬を主軸にした軍記ものを書く」とインタビューで言っていた気がする。犬+歴史となると「ベルカ、吠えないのか?/古川日出男」が思い浮かぶ。「ベルカ」以上の作品になったら物凄いと思うのだが、果たして。
あと、そろそろ「ベルカ」は文庫落ちしてほしい。三年経ったぞ!
「クビキリサイクル/西尾維新」が文庫落ちしていた。
それはいい。それより装丁が他の講談社文庫と違っているのが驚きだ。「西尾維新文庫」てなんだ。
講談社は西尾維新よりも新人に力を入れるべきだと思う。まずはメフィスト賞ブログを更新するところから。
・音楽
Syrup16gを聴いている。以前から存在は知っていたが、想像以上に好きな音楽だった。けど、もう解散してるんだよな……。
・ごはん
卵かけご飯にたまごふりかけをかけるという奥義を思いついたけど使う機会はない。
・読書
「桃山ビート・トライブ/天野純希」読了。無為さんに感謝。
題材は音楽。ロックスターを目指すバンドの話。けれど舞台は桃山時代。楽器は三味線、笛、鼓。そして踊り。衣装は傾き者。時代劇なのにカタカナタイトルがばっちし合う、そんな題材。店で表紙見たときは衝撃的だった。
ストーリィ面では特に目新しいことはしていないと思う。基本のストーリィライン。ただ、目についたのがテンポの悪さのようなもの。部分部分で展開が速すぎる印象を受けた。「これはAかもしれない→Aなわけないだろ→Aでした→何ィ!」というのを一ページ程度でやるのは、どうなのだろうと思う。もうちょっとタメてもいいんじゃないかな。
あと、文章。非常に読み易い(アクセス速度が大きい)のは良いのだが、どの場面の文章も同じように軽かった。文章の緩急というのは必要なことなのだという実感がある。速く読ませる部分とじっくり読ませる部分の使い分け。特に、ライヴのシーンはもっとじっくり読ませて欲しかった。音楽とか踊りの表現も、形容詞ばかりでマイナス印象。
全体としては、題材は物凄いが、それを書ききる力量が作者にまだないんじゃないかなぁ、という感想でした。
作者は次に「犬を主軸にした軍記ものを書く」とインタビューで言っていた気がする。犬+歴史となると「ベルカ、吠えないのか?/古川日出男」が思い浮かぶ。「ベルカ」以上の作品になったら物凄いと思うのだが、果たして。
あと、そろそろ「ベルカ」は文庫落ちしてほしい。三年経ったぞ!
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・文学
「ハル、ハル、ハル/古川日出男」を寝る前に少々読んだところ、寝つきが悪くなった。「文学とは何だ?」という問が前田を襲ったのだ。答えはもちろんのこと出ない。しかし現在執筆中の作品が文学足りえないという確信だけは得た。なんたることか!
ということで、方向転換する。
・購入記録
「ちくま日本文学 坂口安吾」
ふと思い立ち、文学研究科の講義を受けようと思った。その講義のテキストとして購入。
他には「スケッチブック 5/小箱とたん」 を。
・読書
「DIVE!!/森 絵都」読了。競泳じゃなくて、飛び込み競技。映画化されるそうな。スワンダイブは映像化可能なのか?
媒体問わずここ最近では、スポーツ物のノンフィクションの中で一番面白いと思った。何となくではあるが、スラムダンクに似ているような気がする。スポーツ以外のことも話に出てくるけれど、最終的には、スポーツ一本に絞ってくる辺りとか。「俺たちはべつに仲良しじゃねえが、このチームは最高だ」という台詞に代表されるような、仲良しじゃない友情のあり方とか。「DIVE!!」は個人競技だけど。
前田が面白いと思ったのはまさにその「スラムダンクらしさ」だった。大半の青春スポ根モノは恋愛が絡んでくる。そしてDIVE!!もその例に漏れないのだけど、本作では恋愛を排除することで、一層、競技にのめり込むという手段が取られている。言葉にしてしまえばありがちだけど、失恋をバネに頑張る、というような。そして、主人公・知季の恋愛については、途中で決着をつけてしまい、後半には出てこない。飛び込み以外のことを削ぎ落としている。それが良かった。
ストーリィ上の不満を言うなら、主人公が知季であるということ。このために、最後の大会の結果があざとく思えてしまった。要一と飛沫の演技が、知季のためのお膳立てに見えてしまう。その中で、知季の演技の採点を描かないのは、お膳立て感を軽減するための手段なのだろうか?
もうひとつの不満は演出について。不満というか、感想。やはり、スポーツを文章で表すのは難しいのだな、ということ。飛び込みの描写で、感動できなかった(完全に読者の意見ではあるが)。
あと「一・四秒」という言葉を使いすぎな気もした。確かに飛び込みの凄さを表す、いい言葉だと思うのだが。
ところで、スポーツを表す文句で前田が一番好きなのは「3メートルを飛び交う時速120km」である。
「ハル、ハル、ハル/古川日出男」を寝る前に少々読んだところ、寝つきが悪くなった。「文学とは何だ?」という問が前田を襲ったのだ。答えはもちろんのこと出ない。しかし現在執筆中の作品が文学足りえないという確信だけは得た。なんたることか!
ということで、方向転換する。
・購入記録
「ちくま日本文学 坂口安吾」
ふと思い立ち、文学研究科の講義を受けようと思った。その講義のテキストとして購入。
他には「スケッチブック 5/小箱とたん」 を。
・読書
「DIVE!!/森 絵都」読了。競泳じゃなくて、飛び込み競技。映画化されるそうな。スワンダイブは映像化可能なのか?
媒体問わずここ最近では、スポーツ物のノンフィクションの中で一番面白いと思った。何となくではあるが、スラムダンクに似ているような気がする。スポーツ以外のことも話に出てくるけれど、最終的には、スポーツ一本に絞ってくる辺りとか。「俺たちはべつに仲良しじゃねえが、このチームは最高だ」という台詞に代表されるような、仲良しじゃない友情のあり方とか。「DIVE!!」は個人競技だけど。
前田が面白いと思ったのはまさにその「スラムダンクらしさ」だった。大半の青春スポ根モノは恋愛が絡んでくる。そしてDIVE!!もその例に漏れないのだけど、本作では恋愛を排除することで、一層、競技にのめり込むという手段が取られている。言葉にしてしまえばありがちだけど、失恋をバネに頑張る、というような。そして、主人公・知季の恋愛については、途中で決着をつけてしまい、後半には出てこない。飛び込み以外のことを削ぎ落としている。それが良かった。
ストーリィ上の不満を言うなら、主人公が知季であるということ。このために、最後の大会の結果があざとく思えてしまった。要一と飛沫の演技が、知季のためのお膳立てに見えてしまう。その中で、知季の演技の採点を描かないのは、お膳立て感を軽減するための手段なのだろうか?
もうひとつの不満は演出について。不満というか、感想。やはり、スポーツを文章で表すのは難しいのだな、ということ。飛び込みの描写で、感動できなかった(完全に読者の意見ではあるが)。
あと「一・四秒」という言葉を使いすぎな気もした。確かに飛び込みの凄さを表す、いい言葉だと思うのだが。
ところで、スポーツを表す文句で前田が一番好きなのは「3メートルを飛び交う時速120km」である。
・購入録
「言葉・狂気・エロス/丸山圭三郎」
「境界の発生/赤坂憲雄」
「谷川俊太郎詩集/谷川俊太郎」
「4TEEN/石田衣良」
「ハリウッド脚本術/ニール・D・ヒックス」
「犬の行動学/E・トルムラー」
結構な出費であった。
・気づいたこと
最近、村上春樹とあだち充の面白さは同じものなのではないかと思い始めた。どちらも恋愛感情に対しての距離感があると、ただ、そう感じただけのことだけど。そしてそのアプローチとして、あだち充は空だけのコマを描いているのではないかと、そんな風に思う。果たして。
・読書
「一億三千万人のための小説教室/高橋源一郎」を読んでいる。友人から借りた。保坂和志のものと同じく、小説とは何かを考えるところから始める技術・理論書。
かなり勉強になる予感がする。読んだ範囲で特に興味深かったのが「小説が書かれる前の状態を楽しむ」ということ。書こうと思っているけど書き出せない、そんな中で考えるということ。伊藤たかみがどこかで言っていたのだが(確か、芥川賞を取ったころだと思う)、「登場人物が全く個人的な事情(登場人物にとっての個人的な事情)でどこかに行ってしまったので、当初考えていたものと、冒頭が全く変わってしまった」ということがあるらしい。高橋源一郎の言う「小説が書き出される前を楽しむ」ということと、何だか繋がっているように思える。
他には「独特の角度で世界を見るということ」「変な世界も楽しむ」ということ。特に前者に感銘を受けたような気がする。またもや伊藤たかみであるが、氏の作品で「この砂を触ったら不老不死になることにしようぜ」というアオリのものがあった気がする(ドライブイン蒲生だっけ?)。そんなアオリを生み出す方法がつまり「独特の角度で世界を見る」ということなのだという実感があった。
では、どうすれば変な角度で世界を見ることができるのか。簡単に思い浮かぶのが自殺である。死を体験した人は生きてはいないのだから、死ねば世界を違った角度で見ることができるはずだ(これが本当だとしたら、自殺した文学者は少なからず上記のようなことを考えていたのかもしれない、とか思う)。けれど前田は死にたくないので、他の方法を探すわけである。日常ではしないことをするとか、物の間違った使い方とか。そういうことが、小説に繋がってくるだろう、たぶん。
と、いうことで、今から夜の大学のグラウンドに行って、本を投擲してきます。
「言葉・狂気・エロス/丸山圭三郎」
「境界の発生/赤坂憲雄」
「谷川俊太郎詩集/谷川俊太郎」
「4TEEN/石田衣良」
「ハリウッド脚本術/ニール・D・ヒックス」
「犬の行動学/E・トルムラー」
結構な出費であった。
・気づいたこと
最近、村上春樹とあだち充の面白さは同じものなのではないかと思い始めた。どちらも恋愛感情に対しての距離感があると、ただ、そう感じただけのことだけど。そしてそのアプローチとして、あだち充は空だけのコマを描いているのではないかと、そんな風に思う。果たして。
・読書
「一億三千万人のための小説教室/高橋源一郎」を読んでいる。友人から借りた。保坂和志のものと同じく、小説とは何かを考えるところから始める技術・理論書。
かなり勉強になる予感がする。読んだ範囲で特に興味深かったのが「小説が書かれる前の状態を楽しむ」ということ。書こうと思っているけど書き出せない、そんな中で考えるということ。伊藤たかみがどこかで言っていたのだが(確か、芥川賞を取ったころだと思う)、「登場人物が全く個人的な事情(登場人物にとっての個人的な事情)でどこかに行ってしまったので、当初考えていたものと、冒頭が全く変わってしまった」ということがあるらしい。高橋源一郎の言う「小説が書き出される前を楽しむ」ということと、何だか繋がっているように思える。
他には「独特の角度で世界を見るということ」「変な世界も楽しむ」ということ。特に前者に感銘を受けたような気がする。またもや伊藤たかみであるが、氏の作品で「この砂を触ったら不老不死になることにしようぜ」というアオリのものがあった気がする(ドライブイン蒲生だっけ?)。そんなアオリを生み出す方法がつまり「独特の角度で世界を見る」ということなのだという実感があった。
では、どうすれば変な角度で世界を見ることができるのか。簡単に思い浮かぶのが自殺である。死を体験した人は生きてはいないのだから、死ねば世界を違った角度で見ることができるはずだ(これが本当だとしたら、自殺した文学者は少なからず上記のようなことを考えていたのかもしれない、とか思う)。けれど前田は死にたくないので、他の方法を探すわけである。日常ではしないことをするとか、物の間違った使い方とか。そういうことが、小説に繋がってくるだろう、たぶん。
と、いうことで、今から夜の大学のグラウンドに行って、本を投擲してきます。
・もしも世界が5人の僕だったら
もしも世界が5人の僕だったら、1人は群集に、1人は歴史に、1人は心理に、1人は人体に、1人は文学に興味を持つだろう。
文学に興味を持った1人は、世界に「僕」しかいないことに気づくだろう。
「僕」しかいないことに気づいた1人は、絶望に気づくだろう。
そして初めの1人が首を括った。
1人が首を括ったことに気づき、心理に興味を持った1人は考察を始めるだろう。
1つの死体があることに気づき、人体に興味を持った1人は研究を始めるだろう。
死体に反応する2人に気づき、群集に興味を持った1人は観察を始めるだろう。
次々と動き出した3人に気づき、歴史に興味を持った1人は記録を始めるだろう。
やがて考察が終わり、心理に興味を持った1人は考えることがなくなるだろう。
やがて死体は風化し、人体に興味を持った1人の研究の材料はなくなるだろう。
やがて2人は何もしなくなり、群集に興味を持った1人は何もしなくなるだろう。
やがて3人に変化がなくなり、歴史に興味を持った1人は記録しなくなるだろう。
そしてみな、興味の対象を失って、文学に眼を向け始めた。
・発想の出発点
「100人の森博嗣/森 博嗣」の前書きで「世界がもし100人の森博嗣だったら……」という文章があったことを思い出して、書いてみた。
もしも世界が5人の僕だったら、1人は群集に、1人は歴史に、1人は心理に、1人は人体に、1人は文学に興味を持つだろう。
文学に興味を持った1人は、世界に「僕」しかいないことに気づくだろう。
「僕」しかいないことに気づいた1人は、絶望に気づくだろう。
そして初めの1人が首を括った。
1人が首を括ったことに気づき、心理に興味を持った1人は考察を始めるだろう。
1つの死体があることに気づき、人体に興味を持った1人は研究を始めるだろう。
死体に反応する2人に気づき、群集に興味を持った1人は観察を始めるだろう。
次々と動き出した3人に気づき、歴史に興味を持った1人は記録を始めるだろう。
やがて考察が終わり、心理に興味を持った1人は考えることがなくなるだろう。
やがて死体は風化し、人体に興味を持った1人の研究の材料はなくなるだろう。
やがて2人は何もしなくなり、群集に興味を持った1人は何もしなくなるだろう。
やがて3人に変化がなくなり、歴史に興味を持った1人は記録しなくなるだろう。
そしてみな、興味の対象を失って、文学に眼を向け始めた。
・発想の出発点
「100人の森博嗣/森 博嗣」の前書きで「世界がもし100人の森博嗣だったら……」という文章があったことを思い出して、書いてみた。
・コメント返信
>しも
映画化していたのか。そいつは知らなかった。そして積むことは間違いない。GOの優先度はちょいと低め。
・購入記録
「週刊朝日別冊 小説 トリッパー」
久々に小説雑誌を購入。川上未映子や本谷有希子、万城目学らのインタビューとか、高橋源一郎の「13日で名文か書けるようになる方法」という講義録に釣られた。
「封印サイトは詩的私的手記/森 博嗣」
うっかり購入してしまったが、いつ読み終わるやら。
・読書
「OverDrive/安田剛士」の単行本をちょこちょこと読んだ。ロードレースが題材ということで楽しみにしていたのだが、漫画の中身は前田の趣味と合わず、残念。
理由は「競技を通して人を描く」のではなく「描かれた人が、競技をしている」という点にある。選手各人に個人的な事情があって、その個人的な事情を回想という形で描いていることが多いと思う。恋愛とか友情とか家庭とか。そういったことも書けばいいと思うが、しかしそれはロードレースという競技と直接的に関わらない部分だと前田は思う。例えば、好きな女の子が応援してくれているからといって、一位にはなれない(いつも以上の力を発揮することはできるかもしれないが、それだけで勝てるほど、競技というのは甘くないだろう)。OverDriveではレース中に個人的事情を回想させ、さらに回想直後、選手に何らかの変化(速くなったり)がある。そのため、本来関わらないことが直接に関わるように見えた。こういう、ある種の精神論を前田は好かない。
ふたつ目が「ファンタジィである」こと。フィクションであることだし、誇張表現を行うのは問題がないと思う。しかし前田が気になるのは表現ではなくて、選手の態度のことだ。競技中に完全に停車して長時間休んでおきながら、最終的にはトップ争いに食い込むとか。「停車する」という辺り競技をナメているし、しかもそんな選手が異常な追い上げを見せる。こんな演出に納得がいかない。前述した「好きな女の子が応援してくれているから速くなる」ということも、ファンタジィだと思う。
以上のふたつの点で「スラムダンク/井上雄彦」と比較すると、スラムダンクは非常に前田好みであることが分かる。精神論のあり方とか。友情だなんだといっても、それは思っているだけでは意味がなく、友情に相応しい行動をしてこそ、友情といえる。そんな感じ。
スラムダンクで、三井はチームメイトを徹底的に信頼し、殆どスタミナのない身体でパスを受け、スリーを決める。信頼という精神を出発点にして、行動と結果で応えている。OverDriveで、ミコトは「タスキは遥輔さんからしか受け取れない」といってしばらくタスキを受け取らず、結果としてチームの暫定順位は下がった。友情のようなことをいっているけど、その実、懸命に走った遥輔に応えていないのではないか?
以上のように大きな文句はあるけど、OverDriveという漫画自体は、何だかんだで読んでしまう。ナレーションみたいに入る解説とか、非常に面白い。絵も好みであるし。
またもや比較で井上雄彦だけど「スポーツを題材にしながら人物の個人的事情も描く」という漫画では「リアル」が凄いと思う。題材は「車椅子バスケット」。この時点で個人的な事情に踏み込まざるを得ないし、そして踏み込むのが当然だと感じる。更にこの作品、最初に出てくるメインになる登場人物は健常者だ。
あと、不細工な男をカッコよく書けるのって、凄いと思う。
>しも
映画化していたのか。そいつは知らなかった。そして積むことは間違いない。GOの優先度はちょいと低め。
・購入記録
「週刊朝日別冊 小説 トリッパー」
久々に小説雑誌を購入。川上未映子や本谷有希子、万城目学らのインタビューとか、高橋源一郎の「13日で名文か書けるようになる方法」という講義録に釣られた。
「封印サイトは詩的私的手記/森 博嗣」
うっかり購入してしまったが、いつ読み終わるやら。
・読書
「OverDrive/安田剛士」の単行本をちょこちょこと読んだ。ロードレースが題材ということで楽しみにしていたのだが、漫画の中身は前田の趣味と合わず、残念。
理由は「競技を通して人を描く」のではなく「描かれた人が、競技をしている」という点にある。選手各人に個人的な事情があって、その個人的な事情を回想という形で描いていることが多いと思う。恋愛とか友情とか家庭とか。そういったことも書けばいいと思うが、しかしそれはロードレースという競技と直接的に関わらない部分だと前田は思う。例えば、好きな女の子が応援してくれているからといって、一位にはなれない(いつも以上の力を発揮することはできるかもしれないが、それだけで勝てるほど、競技というのは甘くないだろう)。OverDriveではレース中に個人的事情を回想させ、さらに回想直後、選手に何らかの変化(速くなったり)がある。そのため、本来関わらないことが直接に関わるように見えた。こういう、ある種の精神論を前田は好かない。
ふたつ目が「ファンタジィである」こと。フィクションであることだし、誇張表現を行うのは問題がないと思う。しかし前田が気になるのは表現ではなくて、選手の態度のことだ。競技中に完全に停車して長時間休んでおきながら、最終的にはトップ争いに食い込むとか。「停車する」という辺り競技をナメているし、しかもそんな選手が異常な追い上げを見せる。こんな演出に納得がいかない。前述した「好きな女の子が応援してくれているから速くなる」ということも、ファンタジィだと思う。
以上のふたつの点で「スラムダンク/井上雄彦」と比較すると、スラムダンクは非常に前田好みであることが分かる。精神論のあり方とか。友情だなんだといっても、それは思っているだけでは意味がなく、友情に相応しい行動をしてこそ、友情といえる。そんな感じ。
スラムダンクで、三井はチームメイトを徹底的に信頼し、殆どスタミナのない身体でパスを受け、スリーを決める。信頼という精神を出発点にして、行動と結果で応えている。OverDriveで、ミコトは「タスキは遥輔さんからしか受け取れない」といってしばらくタスキを受け取らず、結果としてチームの暫定順位は下がった。友情のようなことをいっているけど、その実、懸命に走った遥輔に応えていないのではないか?
以上のように大きな文句はあるけど、OverDriveという漫画自体は、何だかんだで読んでしまう。ナレーションみたいに入る解説とか、非常に面白い。絵も好みであるし。
またもや比較で井上雄彦だけど「スポーツを題材にしながら人物の個人的事情も描く」という漫画では「リアル」が凄いと思う。題材は「車椅子バスケット」。この時点で個人的な事情に踏み込まざるを得ないし、そして踏み込むのが当然だと感じる。更にこの作品、最初に出てくるメインになる登場人物は健常者だ。
あと、不細工な男をカッコよく書けるのって、凄いと思う。