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・予定
 明日か明後日か、帰省予定。


・筑波
 物理の実験で筑波の研究所に行っていた。(不思議に思えるが)スタッフの人と小説の話をする機会があって、そのとき「どんな面白さが好きなんだ?」という質問を受けた。
 この問は今の前田にとってなかなか重要な気がした。つまり、作品を読んだとき「何が面白いのか」ではなく「どのような面白さなのか」を問うということ。こちらの方が難易度が低そうで、読書方法に迷走している前田にとっては、ひとまず「どのような」を問うていくのが良いかもしれない。


・筑波大
 一日休みを貰えたので、筑波大学に行って漫画研究会を訪問してきた。春休みにも関わらず、会員が二人、部室にいてくれて助かった(文学研究会は残念ながら不在)。それで、冊子を三冊もらった。感謝。
 その冊子を読んだ最初の感想が「プロじゃないんだな」ということ。プロという言葉は単に「金を貰って作品を描いている」という意味。大学のサークルなのだからプロでないのは当然である。
 自分が問題にしたいのは「パッとみてアマチュアだと分かる」という点。漫画という表現技法は、絵のレベルで「パッと見てアマチュアだと分かって」しまう(もちろん、そうではない作品も多々あるだろう)。
 自分が今まで読んだことのある大学の漫研の冊子は三種しかないが、いずれも「パッとみてアマチュアだと分かる」ものだった。そして「パッとみてアマチュアだと分かる漫画」というのは、非常に「蔑みの対象になり易い」ものなのじゃないかと思う。プロに手が届く人材は殆どいない──少なくとも、前田はそう思ってしまう。
 対して小説はどうだろうか? 漫画ほど「パッと見て」では判断できない気がする。「蔑みの対象に比較的なりにくい」。じゃあ、前田のような文芸サークル員にプロに手が届く人材が比較的多いのかといえば、全くそうではない。前田の書く小説のレベルが、パッと見てアマチュアだと判断できる漫画と同程度ではないという保証はないのである(文芸サークル員からの評価は思いのほか高いような気がするけれど)。
 もしも自分が「パッと見てアマチュア」程度で、それで「新人賞に出す」とか考えているとしたら、何だか恐ろしくなる。この怖さがつまり、プロという集団のレベルの高さだ。
 必要なのは、自分の作品も客観的に見ることのできる、そんな眼なんだろうとか思う。


・読書
「ドグラ・マグラ/夢野久作」の感想を少々。
 訳が分からん、ということはなかったけど、謎が残ってる。答えは明文化されているわけでもないから、解くには分析の類が必須だろう。しかし……やるにしても骨の折れる作業だ。
 本作は「虚無への供物/中井英夫」「黒死館殺人事件/小栗虫太郎」と並んで「日本三大ミステリ」「アンチ・ミステリ」などと呼ばれている。「アンチ・ミステリ」への考察についてはアレクセイ氏のものが面白かった(というか、これしか知らない。リンク>アンチミステリーとは何か
「迷宮性」という言葉がリンク先にあるが、この単語は、何となく「ドグラ・マグラ」に合っている気がした(前田はアレクセイ氏がどのような意味で迷宮性という言葉を使っているかは知らないから、印象のみである)。そして「迷宮性」という言葉と「謎が残っている」ということは、何となく、符号するような気もしたのである。
「迷宮性=謎が残っている」ということを「過剰」にしていくとどうなるだろう。「作中の謎が全て謎のまま終わる作品」? このようなミステリを成立させることは可能か否か?
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