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・コメント返信
>無為さん
「完成度が高い」という言葉には「文章の良さ」も含んでいるつもりです。
 説明に近い風景描写(何処に何があるかだけを記したような文章)なんかは、映像の方が恐らく適しているでしょうね。


・思考
 やはりコメント返信の一部か。文章と映像の違いについて、思いついたこと(思いついた、では思考ではないのではないか?)。
 違いの一つは「情報伝達の速さ」。
 例として無為さんの挙げた林檎を出してみる。林檎一つを示すには、文章だと色や形や大きさや切れ込みが入っているのかとか、色々書かなければならず、正確な「その林檎」の情報を取得するのに時間がかかる。しかし映像なら「その林檎」を見るだけでいい。
 もう一つの違いは「正確に伝達できる情報の種類」。
 文章だと、正確に伝わる情報は「文字」であり「言葉」である。「赤い林檎があった」という文章が正確に伝えるのは「赤い林檎があった」という文字のみだ。そしてこの文字を解釈して得られる情報は個人差がある(全ての人がまったく同じ林檎を思い描くとは限らない)。
 映像の場合は、正確に伝わる情報は「映像」だ。赤い林檎を見せたとき、全ての人は同じ像を見るわけだが、そこから受ける印象に個人差が生まれてくる。「旨そうだ」「ずいぶんと色が濃いな」「品種はジョナだろうか?」「何で宙に浮いている?」とか、色々。
 文章は「図形」が不正確で「印象」が正確。映像は「図形」が正確で「印象」が不正確というべきだろうか。「美人」を示すのが好例だろうか。文章だとみんな「美人だ」という印象を受けるが、浮かべる美人像は人それぞれ。映像だと「美人」を見せられるが、全ての人が「美人だ」と思うとは限らない。
 文章と映像の変換が難しいのは、以上のような「速度」と「精度」に由来すると思う。


・購入録
「チーム・バチスタの栄光/海堂 尊」
 父が買ってくれた。文庫化は相当先のことだろうから、感謝である。


・読書
「鉄道員/浅田次郎」読了。結構時間かかったな。
 とりあえず、総じての感想は「静的な物語」であるということ。登場人物たちの心的・身的変化の原因となる出来事が小さい、という意味。ハリウッドとは真逆の性質と表現すると解り易いかもしれない。
 この手の物語を読ませるには高い技術を必要とすると思う。特に人間を描くことが巧くないと駄目なのではないだろうか。
 bump of chickenの「銀河鉄道」も、歌詞が静的な物語になっている。鉄道繋がり。けど「鉄道員」は静的ではないと思う。繋がってない。

 にしても、昨日の俺の「うらぼんえ」に対する感想はひどいと思った。見たまんまのことを書いてどうするのだ。

 現在は「アンノウン/古処誠二」を読んでいる。なんで文春文庫なのだろう? 講談社と喧嘩でもしたのだろうか。
 風景描写をかなり省いていると感じている。一人称故のこと、か? 人物のやりとりを重点的に書いている印象。
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